落語と宗教観「でも、こんな地獄はこわないで。一度行きたいわ」

たくさんのお運び、誠にありがとうございますm(__)m。Web亭落語講座、案内人の落語語朗(らくごかたろう)と申します。皆様に落語の魅力を紹介しております。

大晦日、除夜の鐘とともに神社仏閣にお参りに足を運ぶという方もたくさんいらっしゃると思われます。家内安全、商売繁盛、そして健康のこと…大晦日から元旦にかけての初詣は一層、ご利益がありそうな気がいたします。

日本人は無宗教と言われたりしますが、現在も日常生活のいろいろなところに信心の行いはございます。車に交通安全のお守りつけている方も多くいらっしゃいますし、お子さんの受験ともなれば、どこのお守りがいいだろう、って真剣に考えてしまいませんか?

落語の演目にも宗教観があらわれたお噺がたくさんあります。幸せになりたいものだ、という昔の人の願いが反映しているのでございましょう。地獄と極楽、双方ともに落語の演目には取り上げられておりますが、どちらかと言えば、地獄を滑稽に描いたものが多うございます。死んで地獄に行くのは怖い、それなら思いっきり地獄を茶化してやれ、ということなのでしょう。

古典落語の演目「地獄八景亡者戯(じごくはっけいもうじゃのたわむれ)」は1時間を超える大作です。それだけに、演じ手の力量を問われます。至って気楽な主人公がサバで一杯やってゴロッと寝てしまったらあの世へ旅立ってしまいます。六道の辻、三途の川、賽の河原、閻魔の庁という所々であの世の番人たちを困らせるというお噺です。

こちらのお噺、是非とも米朝一門の噺家さんでお楽しみください。米朝師匠、枝雀師匠、吉朝師匠、皆さん独特の味を出されております。同じ米朝一門の雀々師匠は高座に地獄のセットを組んで、白装束でこのお噺を語る演出をされたこともあります。雀々師匠は全国の地獄に所縁のある土地でこのお噺を演じるツアーなんかもされております。

その他の地獄をテーマとした演目には「お血脈(おけちみゃく)」や「ちゃづけ閻魔」などがございます。「お血脈」は長野県の善光寺で配られるお札を貰うと、どんな罪人でも極楽へ往生できるという信仰から、そのお札を求めることが流行り、地獄に来る亡者が激減、閻魔大王が危機感を抱く、という内容です。

「ちゃづけ閻魔」は閻魔大王、お釈迦さま、キリストさまが面白く絡むお噺です。この演目ではこちらの三人は同じご町内に住んでます。

京都の東山区にある六道珍皇寺は「六道さん」の通称で親しまれております。古来から都の人々はこのお寺の付近を現世と冥界の接点、六道の辻と呼んでおりました。小野篁(おののたかむら:平安時代の公卿で百人一首にその歌が収められております)が冥界に通ったとの伝承がある井戸があります。

また、境内の閻魔堂には閻魔大王様の像が鎮座されております。そんなことから、8月のお盆の時期は、現在も六道参りに訪れる人々で賑わいをみせています。 

落語のお噺とは関係はございませんが、温泉の地名には地獄谷という地名が結構ございます。長野県の下高井郡山ノ内町にある、地獄谷野猿公苑は世界で唯一温泉に入る猿がいるとして有名です。海外でも「スノーモンキー」の愛称で有名です。

いかがで、ございましょう。こんな地獄なら一度訪れてみたくなりませんか?以上、地獄と宗教観の一席でございました。お後が宜しいようで…m(__)m